生瀬勝久の嫁は?ごくせんや仮面ライダーがかっこいい!(さんま御殿)

さんま御殿




生瀬勝久さんは兵庫県出身の俳優としてさまざまな作品でとても人気ですね(*^^*)

 

生瀬勝久さんが出身の高校や大学結婚した嫁(妻)や子供、若い頃といったプライベート内容もみていきたいとおもいます!

 

ドラマ「ごくせん」での仲間由紀恵さんとの共演や仮面ライダーにも出演も注目されていたので見ていきたいと思います♪

 

生瀬勝久の経歴・学歴について!

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名前:生瀬勝久(なませ かつひさ)
生年月日:1960年10月13日
身長:178cm
出身:兵庫県西宮市
所属:リコモーション

 

兵庫県西宮市生まれの俳優である生瀬勝久さん!

 

母親の生瀬悦子さんは元教師で元西宮市議として活躍されています。

 

生瀬勝久さんには兄弟は2歳年上の兄がいることでもしられていますね(^^)

 

生瀬勝久さんの中学時代は生徒会長も務めていて吹奏楽部としても活動されていたということでこのころから忙しい毎日だったようです!

 

生瀬勝久さんの出身高校は、「宝塚高校」

 

宝塚高校は「現在の偏差値は50」兵庫県宝塚市にあ高校で男女共学の県立高校として有名です。

 

高校時代はバレーボール部に所属していた生瀬勝久さん!

 

アルバイトは「宝塚ファミリーランド」でしていたといいます(*^^*)

 

宝塚ファミリーランドは2003年に営業を終了しています。

 

当時の時給は350円だったということも語られています!

 

生瀬勝久さんの出身大学は、同志社大学 社会学部社会学科です。

 

これはご存知のかたも多いかもしれません。

 

現在の偏差値は62ですね、1年浪人して入学した生瀬勝久さん。

 

やはり浪人生活というのはアルバイトが定番のような感じもありますが、生瀬勝久さんも浪人時代はお好み焼き屋でアルバイトしながら生活していたようです。

 

大学入学してからというのはお笑いのサークル「喜劇研究会」に所属していたみたいで(*^^*)

 

落語や漫才をしていたみたいですが関西の深夜のバラエティにレギュラー出演してたみたいなんですよ!

 

「槍魔栗 三助」の芸名で活動していたみたいですけど朝日放送のバラエティ番組「探偵!ナイトスクープ」にも、初代探偵局員として約2年間出演していたってことなので、この時からスゴイ方だったんだなと感じます( ゚Д゚)

 

劇団に所属したきっかけというのが大学1年の時、先輩に小劇場の演劇を観ることを勧められたことがあったといいます!

 

このときの生瀬勝久さんにはカルチャーショックを受けるほどの印象だったみたいですね(^^)

 

演劇にのめり込んだ生瀬勝久さんでしたが、2年留年した過去もお持ちなようで、すべてがうまくいっていたわけではなかったみたいです・・・。

 

俳優の道を選んだ生瀬勝久さんですが、企業に就職の内定をもらっていたのだといいます、ですがこのときこころに思っていたことというのが。

 

「1回きりの人生なんやから、本当に好きなことをしたい」

 

やはりこの思いから俳優の道に進んだということなのですね。

 

 

少し話がかぶってしまいますが、1980年に同志社大学に入学生した瀬勝久さんは後、「喜劇研究会」に所属しました。

 

その後になってから大学の劇団「第三劇場」に所属することとなります。

 

京大系の劇団である「そとばこまち」で2代目座長を務めていた辰巳琢郎にスカウトされたのが1982年ですから、1983年に入団したことに(^^)/

 

「槍魔栗 三助」という芸名だった生瀬勝久さん。

 

ドラマデビューしたのが1986年ですね。生瀬勝久さんが25歳の時に出前持ち役でNHKのドラマ「ドラマ人間模様・追う男」に出演しています!

 

劇団「そとばこまち」の4代目座長に就任したのが生瀬勝久さんが27歳の時ですから1988年になります。

 

「生瀬勝久」に改名したのも1988年ですね!NHKの朝ドラ「純ちゃんの応援歌」に出演したのがタイミングとなっていますね(*^^*)

 

映画デビュー作品は、映画「トキワ荘の青春」でした!生瀬勝久さんが35歳の時でしたが、40歳の時、劇団「そとばこまち」を退団するという運びになりました。

 

連続ドラマ初主演として知られているのがドラマ「トリック」のスピンオフ作品、「警部補 矢部謙三」!このとき生瀬勝久さんは49歳だったんですね!

 

映画初主演となったのが映画「スープ~生まれ変わりの物語~」ということでこれまでとても活動されています(*^^*)

 

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生瀬勝久の結婚した嫁である堀本陽子との馴れ初めや子供について!

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1997年に嫁(妻)である堀本陽子さんと結婚した生瀬勝久さん(*^^*)

 

妻である堀本陽子さんは1972年6月18日生まれです。

 

生瀬勝久さんとは年齢差があり、12歳年下となります(#^^#)

 

生瀬勝久さんが37歳で堀本陽子さんが25歳のときに結婚されたということになりますね!

 

二人の馴れ初めについてですが、堀本陽子さんが生瀬勝久さんにファンレターを送ったことが出会いにキッカケとなっているのです。

 

堀本陽子さんは大阪出身でモデルとして活動しており、光文社の「美STORY」などでお見掛けすることが多い印象です(^^)

 

二人の間にはには息子さんがいるということですが、2017年11月の「TVLIFE」のインタビューでも。

 

「ウチは子供が男の子なんですよ。まだ小学生ですけど、」

 

このようにコメントされています(^^)

 

正確な年齢や学年はわかりませんが生瀬勝久さんが40代後半から50代前半の頃に堀本陽子さんが出産された息子さんということになりますね♪

 

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生瀬勝久の若い頃は?

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生瀬勝久さんの昔の芸名は槍魔栗三助(やりまくりさんすけ)ですね。

 

これには驚かれる方も多いのだといいます。

 

「槍魔栗三助」時代も生瀬勝久さんの印象はそこまで変化が無いようにも感じられます(^^)

 

30歳を期に「生瀬勝久」に完全に改名したのは全国進出を意識していたということもあるようですね。

 

「槍魔栗三助」の芸名は「純ちゃんの応援歌」にレギュラー出演したあともバラエティ番組など、他の番組で使っていたこともあったみたいです。

 

本名の「生瀬勝久」に完全改名となったのが1990年10月なんですって(^^)/

 

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ごくせん・仮面ライダー出演!カッコいいと話題に!

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ドラマ「ごくせん」では主人公のヤンクミこと山口久美子が勤務する学校の上司という役で登場した生瀬勝久さん!

 

あのリーゼントスタイルの生瀬勝久さんの印象が強すぎて今でも脳裏に焼き付いています(笑)

 

主に教頭や校長としてヤンクミといがみあうという役柄を演じていて、癖のある演技が見ている側にエッセンスを加えていたような感じがします(^^)/

 

人気ドラマとして知られてい「ごくせん」はシリーズ化されていますよね。

 

人気を博したドラマということもありますから1つのシリーズだけを見たということがある僕みたいなタイプの方もいるのではないかと思います(^^)

 

平成仮面ライダーの第20弾としてしられている『仮面ライダージオウ』

 

生瀬勝久さんは常磐順一郎を演じることになり、かなり注目されていました!

 

常磐順一郎は主人公のソウゴを見守る“おやっさん”的ポジションとして知られています(^^)

 

仮面ライダージオウのキャスティングというのは一時Twitterで「生瀬さん」がトレンド入りするほど話題となっていたといいますからかなりの注目度だったことが垣間見えます!

 

やはりこれはライダーファンからの注目度のようですね(*^^*)

 

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最後に

 

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生瀬勝久さんの演技って本当に魅力的だなった感じます(*^^*)

 

芝居では、唯一無二の存在感を出しながらエンターテイメント性もかなり含まれた演技っていうのがなんか目が行っちゃうというか(笑)

 

テレビ流し見してたのについつい見行っちゃう感じですよね!

 

バラエティーでもしっかり笑いを取る俳優としてしられていますが、やはり構成作家さんといったスタッフ側としてはありがたい存在だということも今回のリサーチであきらかになりました(*^^*)

 

今でこそ名俳優として知られている生瀬勝久さんですが、過去のお笑いタレントとしての才能もめちゃめちゃ生きていますよね!

 

これからの活躍もとっても楽しみです(*^^*)

 

僕も応援したいと思います!

 

この記事を最後まで読んでいただいてありがとうございました(^^)/

 

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