植木将太朗さん(高3)死因と経緯や原因がくやしい(現場画像と豪雨)

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西日本豪雨による被害は拡大しています。

 

このなかでまた高校3年生である植木将太朗さんがなくなったことが報じられました。

 

家が流されるほどの土石流が襲ってくる状況の中、避難勧告などは正確に出ていたのでしょうか。

 

地盤が緩い状況なのであれば住民を避難場所に移動させることが非常に重要な動作になるはずです。

 

広島市安芸区というのもまた被害が深刻な地域にも関わらず非難が遅れるということになぜなのかと不安な気持ちにもさせられます。

 

避難勧告がおくれていたなどといったことはなかったのでしょうか。

 

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植木将太朗さんの死因

 

土石流で家全体が流される状況の中、その自宅跡においてその身元が発見されたという。

 

自宅の状況というのは山の斜面に面していたというのがこの事故の最大の要因一つであることはまちがいありません。

 

やはりご自宅で被災したこともあり、母である富士子さんらが捜索をおこなっておられるということがたびたびその報道内容としてクローズアップされていました。

 

幼なじみのの友人の話の内容から植木将太郎さんは放課後も友人たちとあそんでいたことがおおかったということを言われていました。

 

野球をしたりすることもあったといいます、ドッジボールに関してもやはり学生の人気の遊びのないようであるといえることから植木将太郎さんもこのように友達とあそんでいたのでしょう。

 

お母さんのコメントにも「明るくて活発な子」という表現であったことが物語っています。

 

友人たちとは毎日のように遊んでいたということですから、やはり友達付き合いがよくひとあたりもいい人間性を持ち合わせていたのではないでしょうか。

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経緯や原因

激しい雨が降り続く中での災害に巻き込まれたということですが、事故の当日において電話がなされてたということです。

 

お母さんである富士子さんから「早く逃げて」このように避難を促すつうわがあったといいます。

 

このときの将太朗さんの通話内容のなかに「やばいやばい」という言葉を最後にこの通話は途切れたということなのです。

 

これは土砂というものの恐ろしさを物語るとともに現在でも日本の多くの世帯で斜面に面しているというような世帯というのは多いということが言えるでしょう。

 

必ずこのような地域、または世帯に住んでおられる方というのは注意が必要となることは間違いありません。

 

2018年7月というのはすでに異常気象があり猛暑というようなじょうたいになっていることから、このような豪雨というような通常では考えられない状況下におかれることは想定していかなければなりません。

 

またこのような地域世帯で住んでおられる方についてはその避難場所においても必ず確認を行うようにして、何か起こった時にはすぐに逃げるということも想定しておくことが重要になるでしょう。

 

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友人らも救出作業

なんとこのとき母である富士子さんの声掛けからその声は広まりなんとボランティアというかたちで100人以上が集まって作業を手伝った。

 

植木将太郎さんというのはどうやら非常に明るい性格の持ち主であったということが友人らのコメントから明らかになっています。

 

まさに地元友人らのなかではムードメーカー的存在だったといいます。

 

また中学時代から軟式テニスを始めていたということでその出会いなども多かったのではないでしょうか。

 

目標も高く持つタイプだったということで「県総体に行きたいから練習頑張る」ということを話していたという。

 

このような会話内容であることから前向きな少年であったということがいえます。

 

高校生になってからもテニスは続けていたという植木将太朗さん。

 

硬式テニスに変わっていたようだがやはり練習には熱心に打ち込むということがとても頑張られていたこともその内容としてあげられるということです。

 

友達思いでムードーメーカー、卒業後に同窓会の企画などもされていたということなので周りからは「友達が多くて人望が厚い」というふうにもいわれるほど。

 

友人らはともに声をかけあいながらともに仲間たちを呼び集めての作業に徹していたという。

 

一刻も早く見つかってほしい。

 

このような思い出作業にとりかかっていたのだという。

 

この作業は炎天下のなかおこなわれていたのです。

 

同級生、近隣住民らがともに現場での捜索作業に携わっていた。

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まとめ

連絡から10日後になってからようやく植木将太朗さんがみつかったということがあきらかになったのです。

 

以前の報道として

島市安芸区では、安否不明となった友人を捜す高校生の姿があった。

大勢の若者がスコップを手に、汗だくとなって土砂の撤去作業を行っていた。

捜索活動をする高校生は、「小中(学校)の友達がまだ行方不明で、見つかってないので、一刻も早く見つかってほしいと思っている」と話した。

植木 将太朗さんの同級生は、「災害があった次の日から、ずっと探している。こんな身近でいなくなるのは想像していなかった」と話した。

 

このような内容で何度も伝えられてきました。

 

母である富士子は体調を崩したところに友人らがSNSで拡散することで今回このようなボランティアの友人らがかけつけた。

 

最終的に多くの若者が駆けつけ、警察や消防、自衛隊と、あわせて180人以上の捜索態勢となっていた。

 

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