上山博康先生の幼少期や出身高校について、病院はどこ?(主治医が見つかる診療所)

医師




2018年5月10日(木)  19時53分~20時54分

主治医が見つかる診療所に出演される

上山博康先生について調べてみました。

  • 名前:上山博康
  • 生誕:1948年生まれ(昭和23年)
  • 出身地:青森県三戸郡五戸町
  • 出身大学:北海道大学

「匠の手を持つ脳外科医」

と呼ばれ全国から患者が押し寄せる、

逆に、自分が必要とされれば全国に足を運び

手術を行う、なんだかドラマの主人公のように

感じられる上山博康先生、

その素顔はどのようなものなのでしょうか。

 

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上山博康先生の子供時代、学生時代

子供路の頃から絵が得意だったそう

その実力は高校時代、美術の先生に

画家をめざすべきでは?

と言われるほどだったそうです。

(現在でもその画力を生かして

医学の専門書の脳手術のイラストや

手術器具の開発にも力をいれているそうです)

 

上山博康先生のお兄さんについて

上山博康先生のお兄さんはカッコよくて

愛想が良かったらしく、

第一印象がとてもよかったみたいです。

 

なので親の転勤が多く引っ越しも多かったみたいなのですが

どこへ行っても

すぐに馴染めるタイプということが伺えます

上山先生は青森の東北特有のなまりをばかにされたり

もともと容姿にコンプレックスがあったみたいで

周りと馴染むのが苦手だったみたいですね。

 

ですが中学時代、高校時代

成績は学年トップだったそうです!

そして上山先生の学生時代のすごさは勉強だけではなく

 

陸上競技でもその努力は発揮され

中学時代は全日本中学校放送陸上競技大会(今は全日本中学校通信陸上競技大会)

では決勝まで進出したそうなんです!

さらに高校時代には100メートル驚異の11秒3で走ったそうです

 

陸上競技において単純に短距離走といっても

単純に努力するだけでは記録というのは伸びないわけです

タイムをタイムを縮めるために

自分の現状を把握し、自分にとって

必要なトレーニングに力を入れなければなりません

こういう事が学生時代時代から

得意とされていたのではないかと考えられます。

 

ご本人はこれらは全てお兄さんに勝つために

頑張っていたとのことですが

努力で、実力で這い上がる力というの考え方は

ない人にはない考え方ですので

それだけも才能が開花していたということに

なるのではないでしょうか。

 

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上山博康先生の出身高校

上山博康先生の出身高校については色々調べましたが

わかりませんでした、本人は出身高校について

語っていないようなのですが

とある記事で出身地や学力の高さなどから

青森県立谷戸高校なのではないかという

噂もあるそうですが

これも定かではありません。

 

学生時代親の転勤が多かったそうなので

予測で高校を判断するというのはほぼ不可能でしょう。

 

上山博康先生の病院について

  • 病院名:札幌禎心会病院
  • 住所:札幌市東区北33条頭1丁目3-17

こちらの病院の脳卒中センターは24時間、365日

脳卒中の患者さんを受け入れているそうなんです!

そして上村先生はこの脳卒中センターで脳疾患研究所所長

として勤務されています

「上村博康脳神経外科塾」というところがあり

若手脳神経外科医の教育にも力をいれているそうです

 

こちらの脳卒中センターのセンター所長は谷川緑野さん

という方だそうなんですが

谷川さんのメッセージの中に

脳神経外科に必要だと私が思う資質は“ハート”です

という一言がありました

どういうことかというと

ちょっと手先が器用とか

頭がいいとかこれはそこまで関係なく

患者想いで人を相手にしているということを

忘れず、やさしくできる人こそが

いい脳外科医になれるということだそうです。

人間的に人にやさしいということは

手術もやさしい手術をするためにはどうすればいいのか

と考えるのでモチベーションが維持できる

ということですね。

 

なので上山博康先生はその頂点に君臨する方なので

ものすごく優しい方なんだろうなと思います。

そして子供の頃から自分には厳しい方だそうなので

本物のやさしさと厳しさをお持ちの先生なのではないでしょうか。

 

やはりそういう方でなければただでさえ

厳しい医者の世界ですから頂点には

立つことはできないということですね。

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上山博康先生のまとめ

1948年青森県で生まれた

上山先生

幼い頃から絵が上手だった

父親の転勤が多かったため

学校のクラス友達とは馴染めないことが多かったそう

お兄さんはイケメンで愛想がよかったため

どうこにいってもすぐに皆と馴染むことができたそう

 

このためお兄さんに勝つために

とにかく努力をして

 

中学、高校共に成績は6年間トップ

そして勉強しているそぶりを見せないように

していたそうです。

 

お兄さんに勝つためとはいえ

ここまで努力できる少年だったといえますね。

凄すぎます・・・。

 

大学は北海道大学医学部に進学し

関連施設で修行しているときは

毎晩ネズミの血管を縫い合わせる練習をしていたそうです。

絶え間ぬ努力が日本一の根底には伺えます

 

現在は札幌禎心会病院にて

脳神経外科医の育成や

テレビ出演など

多忙な日々をおくっておられますね、

これからも頑張って頂きたいです!

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